旧約 10 / 66巻

사무엘하

要約 サムエル記下は、神がダビデと結ばれた契約によって救いの歴史の土台を据えますが、人間の王の罪と限界をありのままに明らかにします。ダビデでさえまことの王ではないことを示し、ダビデの子孫として来られるまことの王イエス・キリストを待ち望ませます。

著者
著者不明(ダビデの時代の預言者たちの記録をもとにまとめられた書)
執筆年代
紀元前10世紀頃に編集(推定)
時代
ダビデ王国の時代

背景

サムエル記下は、サウルの死後、ダビデが全イスラエルの王として立てられ、王国が確立される時期を背景としています。サムエル記上が「誰が王なのか」と問うとすれば、サムエル記下は「誰がまことの王なのか」という問いを投げかけます。 イスラエルは強力な人間の王によって安定と繁栄を夢見ましたが、聖書はダビデの勝利と痛ましい失敗を同時に記し、人間の王国の有限さをありのままに暴き出します。サムエル記下は王政の業績をたたえる書ではなく、人間の弱さにもかかわらず、ご自身の契約を自ら成し遂げていかれる神の真実な救いの歴史を証しする書です。 この書の中心にはダビデ契約があり、この契約はダビデ個人を超えて、やがて来られるひとりの王、すなわちイエス・キリストを仰ぎ見させる救いの約束です。

内容

サムエル記下は、ダビデが全イスラエルの王となる過程から始まります。ダビデはエルサレムを都と定め、契約の箱を運び上げ、神を中心とする王国を築いていきます。この過程で、ダビデの勝利は彼の戦略や力によるものではなく、神がともにおられた結果として描かれています。 この書の中心には「ダビデ契約(サムエル記下7章)」があります。ダビデは神のために目に見える神殿(家)を建てようとしましたが、神はかえってダビデのために永遠の王朝(家)を建てると約束されます。これは、神の神殿(家)が人間の力と努力によって建てられるのではなく、ダビデの子孫として来られるイエス・キリストを通して「まことの神殿」として完成されるという救いの約束を含んでいます。 しかしサムエル記下は、ダビデの致命的な失敗とそれによる悲劇も包み隠さず明らかにします。ダビデの罪と、それに続く王宮での流血は、神が選ばれた最高の王であっても、自ら罪の問題を解決することのできない徹底した罪人であることを暴き出します。ダビデは涙をもって悔い改めて赦されましたが、その罪の悲惨な結果までは取り消すことができませんでした。これは、罪の結果を余すところなく負って解決してくださる罪のない王キリストの贖いが、なぜ絶対に必要なのかを示しています。 それでも神はダビデを捨てず、契約を破棄されません。救いの望みはダビデの道徳性や統治力に基づくのではなく、人間の不真実を貫いて流れる神の真実な約束の上に立っているからです。 結局、サムエル記下は人間の王の限界と罪深さを明らかにすると同時に、その灰の上で罪と死に打ち勝ち、永遠の平和をもたらされるダビデの子孫イエス・キリストを、いっそう切に待ち望ませる書です。