旧約 17 / 66巻

에스더

要約 エステル記は、ユダヤ民族の絶滅の危機の中で、神が摂理によって彼らを守られた過程を示しています。エステルの姿を通して、ご自分の民のために犠牲となられたまことの仲保者イエス・キリストを仰ぎ見させます。

著者
著者不明(ペルシアの宮廷記録をもとに後代にまとめられた書)
執筆年代
紀元前5~4世紀頃(推定)
時代
ペルシア帝国の時代

背景

エステル記は、バビロン捕囚の後、ユダの民が故国に帰らず、ペルシア帝国の各地に散らされて暮らしていたディアスポラの状況を背景としています。物語はペルシアの王アハシュエロスの治世に、首都スサで展開されます。 この書は、聖書の中で神の名が直接言及されないという独特な構造を持っていますが、それは神が不在であることを意味しません。むしろ、神が目に見えないところでも歴史と権力、人間の選択を主権をもって導いておられるという事実を強調しています。 エステル記は、一つの民族の生存の物語を超えて、メシアによって完成される贖いの歴史が、歴史の中でどのように守られ受け継がれていくのかを示す書です。ユダヤ民族の保存はそのままメシアの系譜の保存に直結しており、これはイエス・キリストへと向かう聖書全体の流れの中に置かれています。

内容

エステル記は、ペルシア帝国のもとに散らされて暮らしていたユダヤ民族が、全面的な絶滅の危機からどのように守られたのかを記録しています。ハマンが企てたユダヤ民族抹殺の計画は、単なる政治的陰謀を超えて、神がアブラハムに約束された契約と、彼を通して続いていく贖いの歴史を断ち切ろうとする試みとして理解されます。 この危機の中で、エステルは王妃の座にありましたが、初めは自分の素性を隠して沈黙します。これは、恐れと現実的な打算の中にとどまる人間の姿です。しかしモルデカイの勧め、「このような時のためでなかったと、だれが知りましょう」という問いの前で、エステルはもはや中立にとどまることはできないと悟ります。ついに彼女は死を覚悟して王の前に進み出て、自らのいのちを差し出す選択によって、民族のための仲保者として立つことになります。 神はエステルの決断を通して王の心と出来事の流れを覆され、ハマンの計画はかえって彼自身に返っていきます。その結果、ユダヤ民族は絶滅を免れていのちを保ち、プリムの祭りを通してこの救いを共同体の記憶として残すことになります。 こうした物語の展開は、エステル記を単なる民族生存の記録ではなく、キリストを証しする歴史として見させます。 自分の民を生かすために死を覚悟して進み出たエステルの姿は、罪と死の危機の前に置かれた民のために、ご自分のいのちを与えられたまことの仲保者であるイエス・キリストを予告しています。 エステル記は、神の名が現れない時代の中にあっても、神が目に見えない形で贖いの歴史を守り、すべての歴史を最終的にキリストへと導いておられることを示しています。